あらまきのもんじゅ
荒巻の文殊
国内
場所・異界
- どんな話か
- 亡父の仇を討った山伏が伊達政宗に仕え、賢渕から引き上げた文殊菩薩像を荒巻の丘に祀った由来を伝える。
- 細部
- 相馬中村の山伏だった佐藤八大院長秀は、弟の甚次郎定次とともに、大和の大峯果無し峠で父の仇である山伏上之坊を討ち果たした。その後仙台へ移り住み、伊達政宗に仕えることとなって嶺八郎と名を改め、若干の禄を賜った。あるとき、夢のお告げによって賢渕の底に文殊菩薩の埋木像が沈んでいることを知り、これを引き上げて本尊とし、荒巻山沿いの街道を見おろす丘の上に堂を建てて祀ったという。かつては女の子が数え13歳になると、知恵を授かるようにと必ずこの堂へお参りをしたと伝わる。
- 広まり方
- 『宮城縣史 民俗3』(1956年)の伝説・祠堂の部に記録されている。
- 地域
- 宮城県仙台市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ