あきうおおたき
秋保大滝
国内
場所・異界
- どんな話か
- 貞観2年に慈覚大師が不動を祀って以来の霊場で、円海上人が滝壺に投じた藁人形が高さ55メートルの滝を昇ったという。
- 細部
- 名取川の全川が一気に落ちるこの滝は、貞観2年(860年)に慈覚大師が不動明王を祀り、山寺立石寺の奥の院として開いたという由緒を持つ。時代が下って元和9年(1623年)、山形城主の鳥居忠政が山寺の朱印地を侵し、寺と争いになったとき、立石寺を中興した円海上人がこの大滝で三七日(21日間)にわたって参籠し、忠政を調伏するための呪詛を行った。満願の日、滝壺に投げ入れた藁人形は、高さ55メートルにも及ぶ滝をひとりでに昇っていったのだという。上人はそれから不動堂の前に経を埋めた壇を築いて立ち去り、その場所は今も経壇原と呼ばれている。
- 広まり方
- 出典は『宮城縣史 民俗3』(1956年)の伝説「水の部」。
- 地域
- 宮城県仙台市
- 年代
- 平安時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ