代表例 01
コトリバコ
女性と子供にのみ害を及ぼすとされる呪いの箱。作り方に子供の身体の一部を用いるという設定を持つ。
背景と広まり方
コトリバコは、2005年6月6日に匿名掲示板「2ちゃんねる」オカルト板へ投稿された長編怪談で、作中では呪具の名として登場する。女性と子供にのみ害を及ぼし、製作には間引いた子供の遺体の一部を用いる設定を持つ。苛烈な差別に耐えかねた被差別部落が作った呪いの箱という背景に、被差別の歴史や明治期の農民一揆を重ねた重層的な構成で、2000年代のインターネット発怪異譚の代表作とされる。
長さと構成の完成度が評価され、繰り返し引用・再投稿された。
代表例 02
殺生石の九尾狐伝説
鳥羽上皇に仕えた美女・玉藻前の正体が九尾の狐だったと見破られて那須に逃れ、討たれた後に毒を吐き続ける石に姿を変えたという伝説の石。
背景と広まり方
鳥羽上皇に寵愛された玉藻前の正体が九尾の狐であると陰陽師に見破られ、東国那須へ逃れたが上総介広常・千葉介常胤らの軍勢に討ち取られ、その怨念が石に宿って「殺生石」になったと伝えられる。この石は有毒な火山ガスを発し続けたとされ、近づいた鳥獣が命を落とすことから伝説に信憑性を与えてきた。至徳2年(1385年)には玄翁和尚がこの石を打ち砕いたとも伝わる。2022年3月には殺生石が自然に割れて真っ二つになっていることが確認され、「封印が解けた」として全国的なニュースになり、那須町では慰霊祭と平和祈願祭が営まれた。
中世の説話・謡曲「殺生石」として広まり、2022年に石が割れたことが報道されて改めて話題になった。
代表例 03
犬神筋の大食い憑き
特定の家系に代々憑くとされる犬の霊「犬神」が人に取り憑くと大食いになったり原因不明の体調不良になったりするという、四国地方で特に根強い憑き物筋の民間信仰。
背景と広まり方
四国地方、特に徳島県と高知県は犬神信仰が特に強い地域とされ、徳島県では犬神に取り憑かれると異常な大食いになり、死後は体に犬の歯型が残るなどと言い伝えられてきた。犬神は「犬神筋」と呼ばれる特定の家系に代々伝わり増減するという憑き物信仰の一種で、婚姻の際に相手の家系に犬神筋がないか調べる風習があった地域もあったとされる。この信仰は無実の家系を根拠なく忌避・差別する結果を招き、同和問題とも結びついた深刻な社会問題として記録されている。
四国地方一帯の民間信仰として世代を超えて口承され、後に精神医学者・森田正馬(高知出身)らによる調査を含め、民俗学・社会学の調査対象として文献にまとめられた。
代表例 04
不幸の手紙
同じ内容を一定数の相手へ送らなければ不幸が訪れるとされる手紙。
背景と広まり方
日本では1960年代または1970年代頃から流行した郵便のいたずらで、受け取った人が一定期間内に同じ内容を不特定多数へ送らなければ、不幸に遭うと告げる。郵便から電子メール、SNSへと媒体を変えながら生き続け、受け取った者に転送を求める構造自体が拡散を生む。迷信として無視される一方、恐れや罪悪感から悩む人もおり、警察や寺社が対応する社会問題になった。漫画にも取り上げられ、カシマさんやサッちゃんなどの都市伝説への影響も指摘されている。
媒体が変わるたびに形式を更新し、現在も同じ構造が反復されている。
代表例 05
穴守稲荷の鳥居の祟り
空港建設のため穴守稲荷神社が移転させられた際、境内に残された赤い大鳥居だけは取り壊そうとすると事故や不調が相次いだため誰も撤去できなかったという祟りの噂。
背景と広まり方
1945年の進駐軍による強制退去やその後の空港拡張工事の際に、鳥居を動かそうとした作業員に不運が続いたと語られ、1999年になってようやく約800メートル離れた場所へ移設された。移設自体は綿密な計画のもとで事故なく完了している。祟りを裏付ける当時の新聞記事や確実な工事記録は見つかっておらず、強制退去で土地を失った住民の怨念に結びつけた噂だとする見方や、占領期の造成で鳥居の基礎が埋まっていたことなど現実的な理由を指摘する分析記事が複数ある。
昭和後期から雑誌やテレビの怪奇特集で繰り返し取り上げられて全国的に有名になったが、1999年に無事故で移設が完了したことや、祟りを裏付ける記録が見つからないことから、噂自体が事実に基づかないと指摘する記事が増えている。
代表例 06
カーネル・サンダースの呪い
1985年に阪神ファンが道頓堀川に投げ込んだカーネル・サンダース像が、その後長く続いた阪神タイガースの優勝から遠ざかる不振の原因だとされた呪いの噂。
背景と広まり方
1985年10月、阪神タイガースの21年ぶりのリーグ優勝に沸いた群衆の一部が、道頓堀川沿いの店舗前にあったカーネル・サンダース像を川に投げ込んだ。その後阪神は長期低迷期に入り、1987年には球団史上最低勝率を記録するなど不振が続いたことから、いつしか「サンダース像の呪いだ」と語られるようになった。1988年放送のテレビ番組が像の捜索企画を取り上げたことで全国的な知名度を得た。像は2009年に川底から発見されたが、その前後も阪神が優勝から遠ざかった時期があり、呪いの噂は現在まで語り継がれている。
1988年のテレビ番組での特集をきっかけに全国区の都市伝説となり、以後は野球ファンの間で語り草として定着した。